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エリスロポエチン製剤の使い方・考え方
エリスロポエチン製剤の使い方・考え方
2023年10月11日
エポベット発売セミナー エリスロポエチン製剤の使い方・考え方というwebセミナーを受講しました。
講師は米国獣医臨床病理学専門医 小笠原聖悟先生でした。
エポベットというのは世界で初めて発売された猫用のエリスロポエチン製剤ですが、まずはエリスロポエチンて何?というところから説明してみたいと思います。
エリスロポエチンとは赤血球系幹細胞(前駆細胞)に対して分化誘導を刺激し赤血球産生を促進する糖蛋白ホルモンです。つまり貧血を治すために体内で合成される物質ってことですね。
エリスロポエチンは主に腎臓で合成されますが、慢性腎臓病などの腎臓に障害が及ぶ病気になるとエリスロポエチンが合成しにくくなって貧血が治らなくなります(小笠原先生は腎性貧血の原因は他にもあるとお話されていたので後で触れます)。
よって今までは血液検査で貧血とエリスロポエチンの低値が証明されれば、エリスロポエチン製剤を注射で打っていました。ところが、猫用のエリスロポエチン製剤はなかったので止む無くヒト用のエリスロポエチン製剤を注射で打っていました。
ヒト用のエリスロポエチン製剤を猫に注射することで猫の体内にヒト用エリスロポエチン製剤に対する抗体ができてしまって、これがすでにある自分のエリスロポエチンも標的にして攻撃してしまうことがあると聞いていました。
自分のエリスロポエチンを攻撃するということは、すでに少なくなっている体内のエリスロポエチン濃度がさらに下がるということで、つまり貧血の治療としてエリスロポエチン製剤を注射することでさらにひどい貧血になってしまう可能性があるということになります。
幸い当院でヒト用エリスロポエチン製剤を注射した猫ちゃん達は貧血は改善していましたので、抗体ができなかったのだと思いますが、注射前に飼い主様方にはそのような副作用がある場合がありますと念を押してからでないと使えませんでした。
そこに出てきたのが今回のエポベットという猫用エリスロポエチン製剤です。
エポベットは腎臓病の治療をまじめにやっている獣医師にとって副作用を恐れずに腎性貧血の治療ができる画期的な製剤であることは間違いないと思います。
前置きが長くなりましたが、ここまでが腎性貧血とエリスロポエチンの関わりと猫にヒト用エリスロポエチン製剤を注射することのリスクについてのお話でした。
小笠原先生は、まずは一般的な再生性貧血・非再生性貧血の原因疾患とエリスロポエチン欠乏が関わる貧血は腎性貧血のみであることをお話していました。
次に腎性貧血の原因としてエリスロポエチンの欠乏・消化管出血・尿毒症性物質沈着による赤血球寿命の短縮・骨髄線維症・二次性上皮小体機能亢進症・低栄養を挙げていました。
慢性腎臓病によって消化管出血が起こることは今まで考えていませんでしたが、Vet Clin Patholに2017に発表された慢性腎臓病の病期の進行によって消化管出血量が増加するという報告を示して慢性腎臓病における消化管保護剤投与の必要性についてお話されていました。
他にも腎性貧血を改善する意義について、低酸素症の改善と酸塩基平衡の改善が見込めるとお話されていました。赤血球は酸素を運搬する血液成分ですから貧血を改善することで低酸素症の改善が見込めるのはよくわかりますが、酸塩基平衡の改善がなぜ見込めるのか??
酸塩基平衡とは体に備わったホメオスタシス(生体恒常性=体を一定の状態に保とうとすること)のひとつで、血液のpHを7.4程度に保とうとする働きのことです。通常慢性腎臓病では病気の進行とともにpHが低下してアシドーシスとなります。酸塩基平衡は主に肺での呼吸や腎臓の働きによって保たれていますが、赤血球にも酸塩基平衡を助ける働きがあって、慢性腎臓病で代謝性アシドーシスとなった体を貧血の改善によって治す作用があるんだそうです。
エポベットは今までヒト用のエリスロポエチン製剤の使用による副作用を心配しながら行っていた治療を変える製剤になると思います。エポベットで慢性腎臓病の管理のすべてが上手くいくわけではないと思いますが、ひとつ武器が増えた感覚は確かにあります。腎性貧血の猫ちゃんの飼い主様には勧めてみたいと思いました。